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| ここに掲載するフォトは九州の福岡を中心に、その周辺で撮影したものです。このモチーフは古田武彦氏の「九州王朝」でし た。しかし、今はすでに滅び去り、考古学者の研究対象でしかないものを私などが写真にするということは不可能なことでした。 そのため、筑紫フォトとタイトルしました。ついでながら、この筑紫という国号が日本の古に使われていたといいます。古代中国 では、筑紫というと倭国であり日本のこととすぐに理解できたと申します。 九州という用語は古代中国では天子の直轄領を意 味する高貴な言葉だったそうです。俗人が使える言葉ではなかったそうでした。その古代の当時、九州というと天子、つまり 天皇よりも高貴な方の威厳があったそうです。もちろん今では、死語になっていますが。そして九州は日本の一地方になってし まいました。この日本における九州の名付け親は、タリシホコとされます。筑紫の、倭国の天子を自称した大王でした。 中国は隋の時代でした。その都は、阿蘇山のふもとと中国側に記録が残されているのです。 それはともかく、かつての筑紫、今の福岡は日本国の発祥地でありました。 サーバーの関係でサムネイルより少し大きい画像サイズで掲載しています。 ご使用希望の画像につきましては、フィルムスキャナで800万画素iまでスキャンすることができます。 使用スキャナはミノルタの製品です。 |

*上のフォトは博多湾の夕焼けと九州王朝の筑紫舞いです。
*ここで使用しているフォトについては作者までお問い合わせ下さい。